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ゆきも積もれば山となる

人生山あり谷ありなんていうが谷しかねーよ…

追憶(中学生~フリーター編)

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幼少期~小学生編はこちらです。

 

yukimotsumoreba.hatenablog.com

 

前回の続きからはじめます。

会社仲間との同居生活も終わり、住む場所がまた変わるのですが、その会社仲間と暮らしていた団地の別の棟に暮らすことになりました。

 

僕も詳しくは知らないのですが、その団地は家賃が安い代わりに入るのが難しく、入居申請を出してる人も多いとかでなかなか審査に通らないそうですが、運良く審査が通りその団地に住めることになりました。

 

 

話が少し戻りますが、中学生になる少し前に母に男ができたみたいで、その男とちょくちょく会っている様子でした。

 

そのうち男は家で一緒に暮らすようになります。

 

この男がほんとクズでね、ロクに仕事もしないで挙句の果にマルチ商法みたいな仕事に手を出して結局無一文になったんですよ。

 

でも、東京に行った兄が仕送りをしてくれていたおかげでなんとか暮らせていたんです。

 

後から兄に聞いたのですが、仕送りが底をつきもう少しお金を送ってくれないかと母が兄に電話していたときのこと、話の途中クズ男が電話を代わり兄に「仕送りが足らんから30万送れ」と言ったのです。

 

それもタバコをふかしながら。

 

 

それにキレた兄は母と親子の縁を切ることにしました。

そりゃそうですよ、僕だって縁を切ります。

大体にして母は男運がなさすぎで、バツが3つもついちゃってます。

3つ星ならぬ3つバツ

 

 

けれどもそんな男の無茶な要望にもこれが最後と仕送りをしていたので兄はすごいですね。

 

ですがそのお金は僕達のところに届くことはありませんでした。

 

兄は東京での仕事が忙しく銀行に行く暇がなかったので自分の父に振込を任してたそうなんですが、この父もまぁクズで渡されたお金を自分が酒を飲むために使い込んでたのです。

 

なにしろ入院してても病院を抜け出してお酒を飲みに行くくらいなんで救いようもないですね。

 

そのことを兄も母も知る由はなく、母からしたら仕送りが振り込まれていないから当然足りないとなるし、兄からしたらこの前振込んだのにとなるわけです。

 

 

”こんなドラマでしかないようなすれ違いってほんまにあるんやなぁ”と感心するばかりです。

 

 

 

話をもとに戻しますが、このクズ男との思い出はほかにもたくさんありますよ。

家でご飯を作るとき卵を落として、それを妹とワーキャー言ってたらいきなりふすまが開いて無言で思い切り蹴られたり。

クズ男の車が誰がやったのかひっくり返ってたり。

マルチの仕事に一緒に連れて行かれたり。

と、暮らしてたのは1年ほどでしたがいろいろありました。

 

悪い思い出だけじゃなくて中古やったんですが自転車を買ってくれたり、どういう意図があったのかわかりませんが、僕の父と母がよりを戻すようにがんばれとか意味のわからないことも言ってましたね。

 

 

中学の3年間は割りといろいろとあったので大きな出来事だけお話します。

もうそんな大したことはないのですが、中2の頃は父の家で半年間ほど暮らし父が仕事を辞め僕がコツコツ貯めていたお金を提供したり、おじいちゃんにお金をもらうように父に指示されたりしてました。

 

おじいちゃんは愚痴を1時間ほどたれるとだいたいお金をくれましたが、僕はそれがもちろん嫌でしたし、そうしないと家にいられない現実も嫌でした。

 

だから早くお金が稼げるようになりたいと思ってました。

これだけ読めばもうお気づきのことと存じますが、僕の父もやはりクズです。

 

ちなみに姉もいるのですが姉の父もどうやらクズみたいですね。

母の話によると嫉妬深い性格のようでほかの男と話すだけで嫉妬して暴力をふるわれたそうな。

 

そう思うと僕の人生以上に母の人生はイベントが目白押しであったことに違いない。

ブログのネタに困ることがないのでまったくうらやましい限りである。

 

 

中3では中学最後の冬を妹と2人で過ごしました。

母は出稼ぎに行き、僕らは仕送りをもらって生活していました。

やはり母がいないと心細く、自分たちだけで生活するのは恐いものがありました。

 

 

 

中学を卒業した僕は家庭の都合により高校へは行かずそのままフリーターになりました。

 

今日までに様々なバイトをしてきましたが、ここでは初めてしたバイトだけ語りたいと思います。

 

その前に初バイトに受かる前にどのようなバイトの面接を受けたかお話しましょう。

 

1つ目は滋賀県といえばの平和堂です。

こちらはなぜ面接を受けたかというと…

みなさんは中学生の頃職業体験ってありませんでした?

 

僕はその職業体験で平和堂に行ったのです。

面接を受けた理由?

もちろんそれだけですよ!

 

職業体験に行ったときの印象深い思い出があるのですが、この職業体験には友達と行って、その友達は生鮮売り場で僕は生活用品売り場担当やったんですが、休憩のときにその友達が生鮮売り場の人にしらすを貰ってきたんですよ。

で、その友達がトイレに行ったタイミングで別の友達が悪い顔をしながら「このしらす、水筒に入れよう」と言い出したのです。

 

今となってはそんなことやめさせるべきやったと後悔してますが、その当時の僕はこの悪ノリに便乗してしまったのです。

 

トイレから帰ってきた友達はまさか自分の水筒でしらすが泳いでるとは思いもしなかったんでしょうね。

 

なんのためらいもなく一気に飲んだお茶を飲むと同時くらいすぐに吐き出しました。

 

そんなすぐにわかるもんなんやと少し感心しました。

 

当然その友達は怒ってましたね。

本当に申し訳のないことをしました。

そんなことをした罰か面接に落ちました。

当然の報いですね!

 

 

2つ目に面接したのは牛丼屋?の松屋です。

ここは特に理由もなく面接を受けたのですがあっさり落とされたので2度と松屋の敷居はまたぎません。

 

 

そんで次は妹の友達のお母さんが働いてるケンタッキーフライドチキンを紹介してもらい、紹介ということもあり無事に受かりました。

 

ここでの1番の思い出はやはり地獄のクリスマスですね。

この日は従業員総出で早朝から閉店間際までとりさんにはなんの恨みもありませんが、ひたすらとりさんを揚げ続けました。

 

正直もうケンタッキーのチキンは食べたいとは思わないです。

あの匂いを嗅ぐだけで十分なのです。

 

こうして僕のケンタッキーでのバイトの思い出はなんとも油臭い思い出になったのでした。

 

 

ほかのバイトの話もちょくちょく書くと思うので、興味のあるものだけでも読んでいただければと思います。

それではまた別の記事で!